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はじめから「あなたが生きているだけでいい」とは思えなかったよ(;’∀’)

私もね、長女が小さかった頃は、まだ今みたいに「あなたが生きているだけでいい」とは、到底思えていなかったんだよ。(;´Д`)

最近、幼稚園の園長先生に「あんた変わったねー!」って言われてね。「そうなんです。育児が気楽で楽しくなったんですよねー」という会話をしたのね。

何が変わったって。

「何かの価値を、条件付きで決めないようになった」

「いろんな状況があっても、自分の(全員の)人生はこのままで価値が無限大ということに気がついた」

それが所謂、私が日頃から言っている「なんだっていーよ」「どうでもいいよ(;’∀’)」「どうにでもなるよ」という、一見、投げやりな言葉たちなのです。笑

娘が小さかった頃、色々問題行動を起こしていて、よくお友達の保護者に謝りに行ったし、幼稚園に絵本を弁償したこともありました。

そのたびに、毎回激怒していました。「ママに恥かかせないでよ!」「ちゃんとしてよ。ってママはいつも言ってるのに!なんで言うこときかないの!」って。

・・・怖いよー(;´ρ`)

でもね。仕方なかったんだよ。当時の私は、いわゆる「ワンオペ育児」で精一杯だったから。
「大変、たいへん!」っていつも思ってて。大変な状況に自ら陥っていたからね。

可愛がろうとか、二の次三の次だった。
子供が何人も居ても、純粋に可愛がっているママ友を見て、嫉妬してた。

「私はあんな風になれない」って。
「私が一番大変」みたいにいつも思ってた。

誰か(夫とか世間とか、先生方とか・・)に、認められたかった。
「こんなに頑張ってるのに!」って。

;-;

それがね。なんかある日。すごーく疲れを覚えたの。

それで、毎晩、コーヒーを丁寧に淹れて、自分のための時間を取るようになっていきました。

「私、頑張ってるじゃん」「親とか頼りになる人がそばに居ないし、夫も毎晩遅いのに。よく頑張ってるよね。」「少しのんびりしよう」

子供たちを寝かしつけしたあと、ほっとするひと時を取るようになっていったの。

そして誰に認められなくても、私が自分のことを認めるようになってから。

風向きが変わっていった。

アロマトリートメントのセラピスト養成講座に通いたい。とあるとき感じた。

一旦はその願いは引っ込めていたけども、告知を何度か見て、「やっぱりやってみたい!」という気持ちのままに、夫に伝えてみた。
お金も時間も沢山かかる。それでも「やってみたら?」の一言をもらえた。
当時、娘はまだ一年生になったばかり、おチビは授乳中だったけど、始めてみた。

これは、私にとって最高に素敵な出会いと、最高の「オマケ」の始まりでした。

自分のやりたいことを、思い切ってやってみる。というのは、最高にステキな方々や出来事や愛との、出会いのはじまりでした。

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そこから、あまり「子供子供」と、言わなくなったし、思わなくなった。過干渉は自然となくなった。

だって、トリートメントやアロマテラピーの習得で精一杯だったからねw
必然的に、子供が子供が~って、できなくなった。

夫を、家事でも育児でも、自然と頼るようになっていった。
頼らないと、到底試験勉強なんてできなかったし、実技試験の練習だってできなかった。

そして最終的に、自宅サロンを開業する。というところまで持っていけたのも、協力してくれた「家族全員」が居てくれたから。

セラピスト自宅サロン

でもね。本当、それが良かったんだと思う。

だんだんと子供を客観視できるようになっていくことが増えた。

そしたらさ~。

「なーんだ。こんなにただただ、可愛くて愛おしい生き物たちだったんだ」
「こんなに光そのものの存在だったんだ」
「こんなにただただ、存在そのものが温かくて素晴らしい子供たちだったんだ」

私の子供たちへの視点が、変わっていった。

娘は元々が本が大好きで、いつも本を読む子だったけど、小1までは、まだオール5ではなかった気がする。それが私がセラピストになっていくにつれて、娘の成績はぐんぐん伸びて行った。
体調不良も、年々なくなっていった。もう何年も休んでいないと思う。
習い事も、進級できなかったのが、ぐんぐん進級するようになっていった。

(これも「進級できても出来なくても、どっちでもいーや」と、私が思えるようになってから。じゃないかな?)

そうしていくうちに、我が子だけでなく、すべての子供たちへの愛おしさや涙が出るような優しい気持ちが、日に日に増えて行った。

「愛おしい」

この気持ちが、自分から湧き出ているのを感じるようになった。

公園で遊ぶ子供たちの笑い声、はしゃぎ声、ふざけている様子。
すべてが、「この世の地上の楽園」を感じさせるものとなった。

だから、私は何かに対して、「こうじゃなきゃ無価値」「こうじゃなきゃいけない」と、固定観念がなくなっていってる。

未だに多少は、ある場合もあるけど笑、

何かが起きたとき、「あー・・私はこれに、制限かけて考えているんだな」と、自らのフィルターに気がつけるようになった。

子供たちの存在が輝いているなぁ。と思うのは、何かが出来るから、何かを持っているから。

そういうことじゃないな。
根本的に、疲弊する思想だったな。

って、気がついてから、私はホントに、毎日楽しくて幸せです。

だから何かを詰め込もうとしている人たちを見て、「へぇー」とは思うものの、それもこれも、自分でいつか、気がつくときが来るだろうし、気がつかないのなら、その「競争の果て」で何かを感じながら、生きて行くのもまた、その人の人生なんだろうな。

と、思っています。

だけども、もし。

あなたが「私と同じ、軽やかで豊かで制限がない生き方」がいいなーと思うのでしたら。

きっとどこかで、ご縁があるはず。

実生活かも知れませんし、アロマトリートメントで触れ合うことになるかも知れません。

船橋アロマトリートメント
ホームサロンシュシュ

セラピスト
(公社)日本アロマ環境協会認定
アロマテラピーアドバイザー
田村さくら

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